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名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)4029号 判決 2000年6月01日

原告

甲野太郎

甲野花子

右原告ら訴訟代理人弁護士

伊賀興一

右訴訟復代理人弁護士

田中史子

被告

学校法人□□学園

右代表者理事

乙川次郎

右訴訟代理人弁護士

加藤謹治

主文

一  被告は原告らそれぞれに対し、各金七五三万九七七七円及びこれに対する平成九年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は主文一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らそれぞれに対し、各金五〇〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告経営の専門学校に入学し、寮生活をしていた原告らの子が寮の塔屋屋上から転落して死亡した事故について、被告に安全配慮義務違反等があるとして、債務不履行ないし不法行為(七〇九条ないし七一七条)に基づく損害賠償の支払を求めた事案である。

一  前提事実

1  原告らは、亡甲野一郎(昭和五三年五月二二日生、以下「一郎」という)の両親である(当事者間に争いがない)。

2  一郎は、平成九年四月、被告の経営する○○工業専門学校熱田校土木工学科に入学し、同時に、被告の設置する名古屋市中川区十番町<番地略>所在の**寮(以下「本件寮」という)に入寮した(当事者間に争いがない)。

3  本件寮の建物は、建築面積570.56平方メートル、延べ面積1757.052平方メートル、地上四階、塔屋一階、鉄筋コンクリート造の建物で、その屋上及び塔屋屋上は別紙図面のとおりであり、南西角に一部洗濯物干場があり、その直近横に塔屋に上がるタラップが設置されていること、右タラップは六段で、一段目のステップは屋上広場床から約0.6メートルの高さにあり、最上段のステップからタラップまでの上端までは約一メートル強あり、タラップの先端は塔屋に固定されていないこと、塔屋の高さは屋上広場床から約2.70メートルで、塔屋屋上は約6.20メートル四方の大きさであり、その中央に一辺が約2.20メートル、他辺が約1.60メートル、高さ約1.95メートルの給水槽が設置されており、その周囲約二メートルの幅である程度の行動をするに足りるスペースがあること、塔屋屋上の周囲には手すり等の転落防止装置は設置されていないこと、塔屋屋上の南側外壁面は本件建物の南側外壁面と面一になっていること(甲一四の8ないし14、一五の1ないし5、乙五の1ないし9、八、一四)。

4  一郎は、平成九年五月二三日午後九時四〇分頃、本件寮の塔屋屋上部分において携帯電話にて通話中、同所南側から一階屋根部分に転落し、同月二四日午前二時一八分頃、両肺挫傷により死亡した(以下「本件事故」という)(当事者間に争いがない)。

5  被告は、本件事故の翌日、タラップ昇降禁止の掲示を出し、平成九年六月三日にはタラップへの昇降防止策としてタラップにカバーを設置し南京錠で固定する措置を取った(乙五の4)。

二  争点

1  被告の安全配慮義務違反等の有無

2  原告らの被った損害

3  過失相殺

三  争点に関する当事者の主張

1  原告ら

(一) 争点1について

(1) 被告は遠隔地から入学した学生のために港北寮等の学生寮を設置し、在学契約と寮使用契約に基づき、学生の学校生活及び寮生活において生じる危険を防止すべき安全配慮義務を負っており、また右両契約の存在にかかわらず、寮設備を提供し、入寮を許可した学生に対し安全施設の提供義務を負っている。

(2) 本件寮の屋上広場は、洗濯用物干場が設置され、寮生の使用の用に供されている場所であり、その直近に容易に塔屋屋上に昇れるようなタラップを設置しながら、昇降を禁ずる何らの表示も設置せず、しかも塔屋周囲には何らの転落防止措置もしていなかった。

(3) 本件事故は、被告が右のような安全施設を設置していないために起こったものであるから、被告には前記安全配慮義務ないし安全施設の提供義務違反がある。

(二) 争点2について

(1) 一郎固有の損害

① 逸失利益

金四五四四万六一八四円

② 慰謝料 金二〇〇〇万円

③ 原告らの相続(各二分の一)

各金三二七二万三〇九二円

(2) 原告ら固有の損害

① 固有の慰謝料

各金一五〇〇万円

② 弁護士費用 各金二五〇万円

(3) 合計

各金五〇二二万三〇九二円

(三) 争点3について

本件事故の発生について、仮に一郎に過失があるとしても、その過失割合は三割を超えない。また原告ら固有の慰謝料については過失相殺をするべきではない。

2  被告

(一) 争点1について

(1) この点に関する原告らの主張(1)のとおり、被告が寮生に対する前記安全配慮義務ないし安全施設の提供義務を負っていることは争わない。

(2) この点に関する原告らの主張(2)のうち、本件寮の屋上広場に洗濯用物干場が設置されていること、塔屋屋上周囲には何らの転落防止措置もしていなかったことは認めるが、その余は争う。被告は寮生が一九、二〇歳の若者であることを前提に危険性の高い施設、設備に関して事前に十分注意を与え、寮内規則・寮生会議等で、屋上広場の使用を原則的に禁止し、塔屋屋上に昇ることを禁止する旨周知する措置を取っていた。また、塔屋屋上への昇降用タラップは塔屋屋上に設置された給水槽の保守点検作業のために設置されたものであり、被告にはそのような給水槽の保守点検作業のためにのみ利用される塔屋屋上の周囲に転落防止措置を講ずる義務はない。

(3) よって、被告には本件事故について原告ら主張のような安全配慮義務ないし安全施設の提供義務違反はない。

(二) 争点2について

争点2に関する原告らの主張はすべて不知。

(三) 争点3について

本件事故は、一郎が、常識的に判断して危険性のある本来昇降すべきでない塔屋屋上において、携帯電話で郷里の女友達と話し合ったりするという重大な過失により発生したものであり、仮に被告に責任があるとしても、過失相殺がされるべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  前提事実に加えて後掲証拠によると、以下の事実が認められる。

(一) 一郎は平成九年三月鳥取県内の工業高校を卒業し、同年四月一日、被告の経営する○○工業専門学校熱田校に入学し、同時に本件寮に入寮したこと(乙六の1、2、七の1ないし3)

(二) 入寮前に入寮予定者に交付されている本件寮の寮内規則には「洗濯物は各自部屋の中か屋上の物干場を利用すること」、「屋上の給水槽は立入禁止であること」との記載があること、本件寮には被告の職員である寮監が勤務し、週一回程度行われる寮生会議の中で、寮生に対して寮生活における注意事項が伝達され周知されることになっていること(甲一一、一二、証人加藤仁志)

(三) 本件事故前、寮生が屋上に出入りするには寮の管理人から屋上に通じるドアの鍵を借りて出入りする規則になっていたが、実際には寮生は自由に屋上に出入りしていたこと、そして、屋上洗濯物干場の直近に塔屋屋上に昇るタラップが設置されているが、一段目のステップは屋上広場床から約0.6メートルの高さであり、一九、二〇歳の寮生にとっては容易に昇ることのできる状況にあり、塔屋屋上の給水槽の周辺には約二メートル幅のスペースがあり、実際に寮生が塔屋屋上に昇った形跡とみられる煙草の吸い殻や数冊の漫画本が放置されており、興味本位で塔屋屋上に昇る寮生がいたこと(乙二六の9、10、証人高柳洋志、同加藤仁志、原告甲野太郎)

(四) 本件事故当時、本件寮の屋上付近は薄暗く人の顔が確認できる程度の明るさであり、一郎は、塔屋屋上において、左手に持った携帯電話で郷里の女友達と話をしながら、横歩き(カニ歩き)し、手すり等転落防止設備のない塔屋屋上南側から約一一メートル下の一階屋根部分に転落したこと(甲一四の11の1、2、乙五の6ないし9、一四、二七、証人高柳洋志)

(五) 本件事故後、被告は前提事実5のとおりタラップ昇降禁止の措置を取ったこと

2 以上の事実が認められるところ、これによると、被告は寮生に対して、本件寮の塔屋屋上への立入禁止を寮内規則及び寮生会議において周知していたとはいえ、屋上から塔屋屋上に昇降するタラップは、一九、二〇歳の寮生にとっては容易に昇ることのできるものであり、現に寮生はこれを利用して塔屋屋上に昇り、同所で漫画本を読むなどの時間を過ごしていたというのであるから、仮に被告において寮生が塔屋屋上に昇っていることを認識していなかったとしても、一九、二〇歳の寮生が好奇心からタラップを利用して塔屋屋上に昇降することは認識することができたものというべきである。そして、塔屋屋上の南側外壁面は本件建物の南側外壁面と面一になっており、塔屋屋上から転落すれば本件のように死亡事故にいたる危険性のあることが認められる。

したがって、被告には、寮生が屋上から塔屋屋上に昇降することのないようにタラップに昇降できないようにカバーを装置するとか、容易に昇降できない高さの箇所にタラップの一段目のステップを設置する等して未然に危険を防止すべき安全配慮義務を怠った過失があるというべきである。

3  なお、原告らは、被告には塔屋屋上の周囲に1.1メートル以上の手すり等の転落防止措置を取るべき義務違反がある旨主張し、これに沿う甲一三、証人美馬茂一の証言もあるが、証拠(乙一四、一七、三〇及び証人加藤仁志)によると、塔屋屋上には給水槽のみが設置され、同所は給水槽の保守、点検及び修理等の目的以外に住人が自由に使用できる場所ではなく、しかも給水槽の周囲には約二メートル幅のスペースがあるから、建築基準法令(同法施行令一二六条)等で要求されている1.1メートル以上の手すり等を設置すべき義務はないことが認められ、原告らの右主張は採用することができない。

4  以上の検討によると、被告には右安全配慮義務違反が認められ、右義務違反と本件事故との間には相当因果関係があるから、不法行為責任として原告らの被った損害について賠償すべき責任がある。

二  争点2について

1  一郎の逸失利益

金四六八九万七七七四円

平成九年度の賃金センサスによると、男子労働者学歴計の給与額の年収額は金五七五万〇八〇〇円であるから、一郎が被告を卒業する満二〇歳から六七歳までの就労可能期間中の生活費として収入の五〇パーセントを控除して、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定される金四六八九万七七七四円をもって一郎の逸失利益と認められる。

(算式 575万0800円×0.5×16.31=4689万7774円)

2  一郎の慰謝料

金一八〇〇万円

一郎は家業である一般土木事業を引き継ぐべく、その専門的知識を習得するため被告経営の○○工業専門学校に入学した前途のある若者であったこと(甲二五、原告甲野太郎)、その他本件記録に顕れた一切の事情を考慮すると、死亡による慰謝料は金一八〇〇万円をもって相当とする。

3  原告ら固有の慰謝料

各金二〇〇万円

原告らは、一郎に家業を引き継ぐ者として期待し、そのための専門的技術を習得できる専門学校という信頼を寄せて、遠隔地であるが被告経営の○○工業専門学校に一郎を入学させ寮生活を送らせたにもかかわらず、本件事故により最愛の長男を失ったことにより、精神的苦痛を被ったことは想像に難くなく(甲二五、原告甲野太郎)、その他本件記録に顕れた一切の事情を考慮すると、原告ら固有の慰謝料は各金二〇〇万円をもって相当とする。

三  争点3について

1  前示一認定の事実によると、被告は寮内規則及び寮生会議において、寮生の塔屋屋上への立入を禁止していたこと、本件事故当時一郎は一九歳の若者であり、本件寮に入寮して間がないとはいえ、塔屋屋上が危険な場所であることは容易に認識しえたにもかかわらず、夜間に塔屋屋上に昇り、携帯電話で通話しながら横歩きして転落したというのであるから、その過失は極めて大きいものというべきであり、本件事故に対する過失割合は被告が二割、一郎が八割と認めるのが相当である。なお、損害の公平な分担という過失相殺の趣旨からすると、原告ら固有の慰謝料についても過失相殺の対象とするのが相当であるから、右に反する原告らの主張は採用しない。

2  そうすると、被告において賠償すべき原告らの被った損害は金一三七七万九五五四円(原告各金六八八万九七七七円)(算式は左記のとおり)となるところ、原告らが本件訴訟の提起、追行を委任した表記訴訟代理人に対する弁護士費用の内被告が負担すべき弁護士費用は、本件事案の内容、原告らの被った損害額等に照らすと、金一三〇万円(原告各金六五万円)をもって相当とする。

(4689万7774円+2200万円)×0.2=1377万9554円

一三七七万九五五四円×一/二=六八八万九七七七円(円未満切捨て)

3  よって、被告は原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ金七五三万九七七七円及びこれに対する本件事故日である平成九年五月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

四  結論

以上の次第で、原告らの請求は主文一項掲記の限度で理由がある。

(裁判官・黒岩巳敏)

別紙<省略>

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